UCLA 映画学部大学院・監督コースレポート
UCLA映画学部大学院・監督コース卒業の津谷祐司氏によるレポート。米国における映画教育の実態に迫る!!
<第2回>
デリア・サルビの演技指導クラス
DELIA SALVI'S DIRECTING THE ACTOR


「では、一番目のチームにシーンを始めてもらいます。2番目のチームは、外で待機して下さい。監督コースの生徒は、いつものように、椅子を並べて後の方に座りなさい。じゃあ、一番目のチーム、演技開始!」
 薄暗いスタジオの中で、デリアの演技指導のクラスが始まった。
教授とクラスの目的

 監督の卵である我々にとってこのクラスの目的は、俳優とのクリエイティブな関係をどう築くか、を学ぶことで、平たく言えば演技指導のこつを教えてくれる。教授のデリアは、UCLAで最も厳しく、かつ年季の入った現役の女優でもある。
クラスの構成

 クラスは、1回半日で、週1回、12週間に渡って行われる。参加する生徒は、監督コースから10人、演劇学部の学部生が10人の計20人だ。監督コースの学生には必修クラスだが、演劇学部の学生には選択クラスである。しかし、演技開眼できるクラスとして演劇学部の学生には人気が高く、毎回希望者が多数になるので、初回にオーディションが行われ、そこで選ばれたものだけがクラスを取ることができる。
 監督コースの学生は、人物二人の5分間のシーンを3回与えられ、12週間以内に、クラスの前で発表する事になる。演劇学部の学生を俳優としてピックアップし、クラス外で15時間のリハーサルをおこない、クラスではその発表を行う。発表後、監督は、シーンと人物の解釈、監督の目的、パフォーマンスを引出すのに苦労したことなど、自分のディレクターズノートをもとに演出の要点を説明する。監督のゴールが達成されていたかどうか、生徒たちによってディスカッションされ、最後に、デリアの厳しい講評があり、演技指導のお手本を見せてくれる。
メソッド

 「脚本は脚本家が書き、カット割りは撮影監督が、編集は編集者がする。監督に残された仕事は演技指導しかない。これがうまくできなきゃ監督じゃない!」とデリアは言う。その演技指導には『メソッド』という技法が用いられる。「メソッドの事を悪く言う人がいる。ナンセンスだという人もいる。しかし、インストラクターとして俳優として、私の数十年の経験で、俳優の卵を開眼させるのに、メソッドのほかに有効な方法を私は知らない。そして実際、プロの俳優を何人も訓練してきた」というのがデリアの持論だ。

『メソッド』とは、20世紀初頭、モスクワ芸術座の演劇人スタニスラフスキーによって開発された演技手法で、米国のアクターズスタジオで、リー・ストラスバーグやエリア・カザンによって発展され、マーロンブランド、ジェームズディーンなどが一般に知られるようになった。このメソッドを活用し、シーンにリアリティをいかに与えるか、というのがこのクラスの眼目だ。
メソッド適用

 たとえば、父娘のシーンとする。父親は忙しいビジネスマン。母親は5年前病気で死んだ。父が母を見殺しにしたと思っている娘は、家出していたが、妊娠してしまい 、堕胎の金を奪いに、父のいないはずの自宅内を探していた。が、思わず父と遭遇。親子の会話が始まる、という設定としよう。
 なれない俳優だと、ありがちなのは、その場に突っ立ち、単なるせりふの交換になってしまう。つまり、役に入り込んでない、感情が見えない、ということになる。
 ここでメソッドを使う。二人を向かい合わせにし、目を閉じさせる。娘役の女性に聞く。「今までの人生で、父親に対し、似たような感情を抱いたことがない?あればそれを思い出して」「そのときの、あなたのお父さんの着ていた服は?説明しないで良いから、黙って、頭の中で思い出して」「そのときの場所は?居間?あなたの寝室?テーブルはあった?いすは?じゅーたんは?」「そのときの匂いは?コーヒーの匂い、シャンプーの匂い?」「音は?どんな音が聞こえてた?」と、感覚的なことをくっきりと思い出してもらう。「そのとき、お父さんが言った言葉は?そのときの彼の表情は」当時の記憶をまざまざと呼び起こされ、俳優は突然泣き出してしまうことさえある。この後シーンを演じさせると、さっきとは見違えるように、真に迫った演技を見せるのである。メソッド恐るべし。
その他、学んだことの要点

 これ以外に、デリアが教えてくれたいくつかのポイントを列挙してみよう。
 問題は、役に入り込めず、役者が台詞をなぞり始めたら、監督はどう解決するか、だ。
 「相手役のリアクションを求めさせなさい。怒らすせたり、笑わせたり、発情させなさい」「役者に片方ずつ(他者に聞こえないように)指示を与えてみなさい」「台詞を言おうとする役者は、足が止まる。動き回らせたり、しぐさを与える。洗濯物をたたませたり、物を食べさせたり、パッキングさせたり」「見つめあわさせ、内からの叫びを何度も言わせなさい。I hate you!I hate you!I hate you! Help me! Help me!Help me!」「焦っているシーンなら、早く行かないとどうなるか、ドアの外で待っているものを具体的に設定しなさい」「そのシーンの前、その二人には何が起こっていたか、きちんと設定しなさい」「登場人物は、相手が何をしたがっているのかは分からない」「観客には、感情を見せるのであって、振る舞いを見せるのではない」「役者をリラックスさせなさい。高い声を出す女は緊張しています。低い声を出させ、落ち着かせなさい」
 そして最後に、「良い演技を見分けなさい。見分けられずに演技指導はできるはずがない」
 

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